ミラノサローネとは/ミラノサローネの歴史 Salone del Mobile Milano  
日本で通称ミラノサローネと呼ばれていますが、
イタリアではSalone del Mobile Milanoです。毎年1回イタリアミラノで催されるインテリア・家具見本市です。この見本市は家具を売買する商業取引現場になります。しかし2006年頃から見本市会場でのイタリア家具業界の空間提案が世界的に高い評価を受けるようになり バイヤー以外のフアションデザイナー 建築家 グラフックデザイナー自動車内装デザイナー 店舗デザイナー ケ゜ームソフ開発者などのクリエーターが世界から来場するようになりました。 
会場はミラノの郊外北西部のRho-Pero市の新ミラノ見本市会場(建築設計はイタリアの建築界をリードするマッシミリアーノ・フクサス/Massimiliano Fuksas)で開催されます  ミラノサローネの歴史は1960年代に さかのぼります。 イタリア社会では、第二次世界大戦敗戦後、被害を受けた建物の復興、市民への住居整備が第一に挙げられました。
1996年ごろ旧ミラノサローネ会場
旧ミラノ見本市会場/Fiera Milano
イタリア家具業界は家具の高まることは明らかであるのに 、その消費者との接点となる見本市がないことに悩み抱えていました。 1960 年同様の背景を持つドイツ家具業界が、ケルンにてその最初の家具見本市を成功させるとイタリアの家具業界の実業家もその可能性を信じ、中小企業の家具会社を一堂に会する組織 Cosmit (イタリア家具協同組合)を短時間うち立ち上げ、
1961 年にミラノて゛第 1 回家具見本市を開催しました。 11860 ㎡の展示スペースに 328 の企業が参加。
12100 人の訪問者のうち 800 人が外国人で、特別なプロモーションなどありませんでした。
1965 年はひとつの飛躍となる年でした。イタリアの建築雑誌 Domus がその家具見本市の記事を掲載しました。 1967 年からはミラノサローネは隔年をインターナショナル規模と定義し 1991 年より正式に毎年が
インターナショナル家具見本市となりました。その規模は 1959 社の参加企業に、 144000 ㎡の展示スペース、訪問者数 147000 人を数えました。 常に比較対象として競い合っていた。ドイツケルンの家具見本市が 2002年頃から陰りを見せ始めました
世界で、最高のビジネスの場を与えた。。ドイツケルンの家具見本市の陰りは色々な原因が上げられますが、
すべての商品の最終的な付加価値であるデザイン力と空間提案が、ミラノサローネより魅力がかけた事 ミラノサローネと同じ期間にミラノ市内で 開催されるデザインイベント フォーリサローネとの
相乗効果でよりミラノ・サローネのデザイン力が増した事があげられます。 近年のミラノ・サローネはシステムキッチン、照明、水周り家具、オフィス家具まで幅広い展示が行われ
家具インテリアエレメントの見本市からグローバルなデザイン情報発信の世界的な大イベントとして発展して、家具業界を超えて 世界の家電 自動車 IT ファション業界まで 世界的ドレンドとして重要な影響を与えるようになりました。 ミラノサローネでコアを形成するイタリア家具メーカーの規模は社員数 20 人前後から 200 人ほどの中小企業が大半を占めているにも関わらず。 
世界的な大イベントとして発展したのはイタリア家具業界のゆるぎない
デザインに対する投資と先進性があったからだと思います。
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